田仕事

田植えは高い耕地から順に植えた。耕地毎に日が決めてあるので、遅くては水没して植える事が不可能になるため、田植えは一分を争い、朝早くから夜遅くまで働き、早苗取りの日は一斉に走り出て戦場のような騒ぎであった。それで田植えには特に朝早く、夜遅くまでつとめたもので、労働時間は毎日一五、六時間が普通であった。早い家は夜中の一二時、一時に起きて苗を取り、明るくなれば苗を籠、又は苗丸といった用具に荷送りしさらに各自大籠を背負って集落から遠い耕地までも運んだ。屈強な男達は、自分で一日植えられる苗を担いで行った。苗の足りない分は、追苗担ぎと言って一五、六歳の子供が苗代から田まで担ぎ足して行った。だんだん舟で運ぶようになった。帯で泥もぐりし、水も深くて稲をまたげないため、多く株間へ入って四株取りした。背中までぬれ、笠の後縁が水に浮いて困るほどなので、ほとんど立ち姿のまま口に入れる。水を吹出しなが、モ、ニラモ、マツモ等をメクラ取してまめめ、一足毎に足先で泥に踏み込んだ。草に手が届かないと、わざと膝曲げ姿勢となって手を深く伸ばした。それもできなければ仕方なしに、足先で草をからめて埋めた、近郷の人達から苛烈な批判を受けたほど泥深い湛水地でどうにか手で草刈りができれば豊作型と考えていた。

田仕事