漁 業

江戸時代から川漁業が盛んであった。文書に漁税と鮭流網税の受領書があることから、信濃川、中之口川で鮭漁が行なわれていたことがわかる。中之口川沿いではイトヨを捕っていた。三月の最盛期には、一人で一夜売り上げ代金十数円を上げたものもあり、引き編みにおいても一と綱数万匹を捕獲し、一銭につき九〇匹位で付近の細民の家計を助けていたと当時の新聞記事が報じている。川漁業のほかに、潟でも漁業が行なわれていた。土地一帯が低湿地湛水地のために大潟、田潟、ガン潟、熊潟、八幡潟などの池沼が多く、鎧潟から新川を通じて淡水魚が多く棲息した。その上に耕地内に無数の堀があったので、これらの魚類が梅雨期に遡上して堀の深い所にすみつくので、魚類が非常に豊富であった。従って耕地を持たない人は、又は持っていても少ない人は生活の糧として漁業を営み、年中の仕事としてそれを販売して生計を立てていた。魚の種類は大部分は鮒でその他鯉、ナマズ、ドジョウ、ゴリ、モロコなど雑多であった。

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