覚 書

訴訟過程において村側にも、団五郎江水利組合にも反省が出たのであろうか、大正四年には和熟契約の席書が起案されている。それは村側に若干の軟化はみられるが江丸の占有権主張は譲らない。また郡長の仲介案も出されるが、これは団五郎江江幅五間二寸とするが、江丸管理のことには触れない。そして大正六年末大審院判決がでるのであるが、現在の江丸管理権がどこに属するべきか直接いわなかった。しかし、この判決と同時期、団五郎江普通水利組合と板井代表は、団五郎江管理に関する覚書を、村長と郡長を仲介人として交換し、組合は土地改良を理由として県へ団五郎の水流改良の測量設計補助を申請し、これによって団五郎江改修をする。その際江幅は水利組合の任意とし、江丸は組合と村が適当に協議のうえ更正する。将来の修繕管理は組合がし、耕地に湛水被害を起こさないようにする。工事用地も適正価格で地元は譲渡するとしたのであった。

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